人と人との交わりにあっては、この思い上がりの気持ちをなくして、譲り合う気持ちをもてば、お互いの心が通じ合い、物事もうまく運ぶ
思い上がりを捨て、譲り合う。それで心が通じ、事が運ぶ。
東海市が現代語で紹介している一節。
道徳の話に見えるが、平洲は「物事もうまく運ぶ」と結果まで言い切っている。譲り合いを、美徳としてではなく、事を成すための条件として説いている。
「思い上がりの気持ち」を先に名指ししている点も重要である。譲り合いが生まれないのは、譲る気がないからではなく、思い上がりが先にあるからだという診断になっている。
上下のある関係では、上の者の思い上がりは自覚されにくい。当人にとっては当然のふるまいでも、下の者からは違って見える。平洲が「先施」で上の者から動けと言うのは、この非対称を分かっているからである。
現代でも、議論が進まない場面の多くは、意見の対立そのものより、譲る余地を最初から誰も持っていないことに原因がある。