子供に善いことをさせようとするならば、まず親が善いことをして、見せるようにするのが当然です
子は親をまねる。だからまず親が実際にやって見せる。
東海市が現代語で紹介している一節。
平洲はまず、子どもが親のまねをするのは幼いときから親のしぐさや話を見聞きしているからだ、と原因を押さえる。そのうえで、ならば親が先に善いことをして見せるのが当然だ、と結論を出す。
説教ではなく、観察から始まっている点が平洲らしい。子どもがまねをするという事実がまずあり、そこから親のふるまいが決まる。順序が逆になっていない。
この考え方は、後の「先施」——自分の方から先に働きかける——と同じ構造をしている。相手を変えようとするなら、まず自分が動く。家庭でも藩政でも、平洲の説くところは一貫している。
現代の組織でも、行動指針を掲げた本人がそれを守っていない場合、掲示は無いのと同じになる。むしろ「掲げても守らなくてよい」という手本を示してしまう。