学、思、行、相須つ
がく、し、こう、あいまつ
学び、考え、実行する。この三つがそろって、はじめて学んだことになる。
平洲の学問観を、もっとも短く言い表した言葉である。「相須つ」は互いに必要とし合うという意味で、三つのうちどれが欠けても学問として成り立たない、という主張になっている。
当時の学問は、書物を読み、注釈を覚えることに重心があった。平洲はそこに「思」と「行」を並べた。読んだだけでは足りない、考えただけでも足りない、行って初めて学んだことになる、という順序である。
この言葉が重いのは、平洲自身が農村の出だからだと思われる。武士の教養としての学問ではなく、暮らしを立て直すために使える学問でなければ意味がない。その立場が、そのまま弟子の鷹山に受け継がれ、米沢藩の改革として形になった。
現代では、研修を受けただけ、資料を読んだだけで分かった気になる場面に当てはまる。手を動かして初めて、自分が何を分かっていなかったかが見える。