鷹山と平洲上杉鷹山と、その師・細井平洲

上杉鷹山 実行と覚悟

連年国家衰微し、民人相泥み困り候。因って大倹相行い中興仕り度祈願仕候。決断もし相怠るにおいては忽ち神罰を蒙るべきもの也

れんねんこっかすいびし、たみひとあいなずみこまりそうろう

改革を怠れば神罰を受けてよい。十七歳の藩主が神前に誓った言葉。

明和4年(1767年)9月6日、鷹山が自ら筆をとって白子神社に納めた誓詞。

藩主となったその年、鷹山は自ら筆をとってこの誓詞を白子神社に納めた。長年国が衰え、民が困っている。ゆえに大倹約を行い、藩を立て直したい。もし決断を怠れば、ただちに神罰を受けてよい——そういう内容である。

注目すべきは、誓っている相手が家臣ではなく神である点、そして罰を受けるのが民ではなく自分である点である。改革を命じる文書ではなく、自分を縛る文書として書かれている。

米沢市によれば、鷹山は同年9月13日にも江戸家老の色部照長とともに再度誓詞を納め、11月11日には一族の上杉駿河守勝承も同じ神社に倹約誓詞を書いている。大倹約令は9月18日に江戸で発表されたが、国元の重臣から反対されたため、鷹山は繰り返し誓詞を奉納して協力を求めた。

つまりこの誓詞は、一度の決意表明ではない。反対に遭うたびに、自分の側から誓い直している。平洲が説いた「先施」——上の者が先に動く——の、これ以上ないほど具体的な実践がここにある。

十七歳が、退路を断つ形で改革を始めた。「なせば成る」を書いたのは、この四十年近くあとのことである。

出典:米沢市「上杉鷹山の倹約誓詞」


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