苗木のときから心を尽くして育てれば、その後はあまり苦労せずに、良い木に成長させることができる
幼いうちに手を尽くしておけば、あとが楽になる。
東海市が現代語で紹介している一節。
平洲は人を育てることを、しばしば木を育てることにたとえる。苗木のうちはすべて柔らかく、まっすぐにも育てられるし、曲げて育てることもできる、という観察から話が始まる。
続けて平洲は「幼いときから善い習慣を身に付けさせることが大切で、まだ幼いのだからといって、なおざりにしてはいけません」と言う。まだ小さいから後でいい、という判断こそが誤りだという指摘である。
この比喩の巧みなところは、育てる側の都合を封じている点にある。苗木は放っておいても育つが、まっすぐ育つとは限らない。手をかけるかどうかは、木ではなく育てる側の選択である。
組織に置き換えれば、新しく入った人にどれだけ手をかけるかという話になる。最初の期間を惜しむと、あとで何倍も手間がかかる。平洲は二百五十年以上前に、同じことを言っている。