大木としての親や周りのかたが、幼い子の陰日なたとなって、風雨から身を守るように
育てる側の役目は、形を決めることではなく、風雨から守ること。
東海市が現代語で紹介している一節。
平洲は「成長してから強くて堅い木になるものであっても、苗木のときは、皆柔らかくて弱いものであるから、大木の陰でなければ、風雨をしのいで育つことができない」と述べ、そのうえでこの一句を置く。
苗木の比喩三点のうち、これが最後にあたる。手をかけよ、思い通りにするな、そして守れ。育てる側の役目を、この三つで言い切っている。
「陰日なたとなって」という言い方に注意したい。日陰をつくるだけでなく、日なたも含む。守りすぎて日を遮ってもいけない、という含みが読み取れる。
上に立つ者が果たすべき役目を、命令でも評価でもなく「風雨から守ること」と定義した点に、平洲の一貫した姿勢がある。この考えは、そのまま「君主は民の父母たれ」につながっていく。